セックスを真面目に考えよう

couple

私はブログやメルマガで、セックスに対してできるだけ率直に語るようにしています。
自分から積極的にセックスを語らないと、セッションでセックスについて語ってくれるお客様がいなくなってしまうからです。
「セックスは語られねばならない」という姿勢をきちんと見せるためにも、あけすけにセックスを持ち出すよう心がけています。

なぜなら、性癖ほどあからさまにその人の本質や深層心理を語るものはないからです。
一般的に人は、自分のセックスに関しては隠したがります。
そんなことをあけすけに語るのは、社会のタブーだからです。「まともな大人のすることではない」からです。

それは、ある意味当然でもありましょう。
どんな言葉を弄するよりも自分がどんなセックスを好むのかを一言語るだけで、その人の本質的なところ、深層心理が簡単に明らかになってしまいます。
世の中の大人のほとんどは「自分の中の隠したい部分」を必死で無かったことにして生きています。それを白日の下になどさらしたくないのです。

しかしながら、自分でも気づかないトラウマが性癖に出ていることを自覚するのは大切なことです。
そこに気づいて、トラウマや傷ついていた自分を癒していくことができれば、その人の人生はより幸福に満たされたものになる可能性があります。
そうすれば、その人のみならず家族や周囲の人間にも、穏やかさや充実した心の分かち合いをもたらすでしょう。一人が幸せになれば、幸せは連鎖するのです。

性癖が映し出す心の傷

woman17
知人のTちゃんは、佐々木希似の超美人ナース。
性格も穏やかでほんわかとしていて、本当に「癒し系」。病院にこんなナースがいてくれたら、すぐ元気になれちゃう気がします♪
当然超モテます。どんな男性もTちゃんとちょっと過ごしただけでメロメロです。

そんなTちゃんなのに、なぜか付き合う彼氏は冴えない男ばかり。
お世辞にもイケメンとは言えず、むしろメタボだったりハゲだったりニートだったり、最悪の場合ヒモだったりDV男だったりします。

「どうしてTちゃんはもっとマトモな男と付き合わないの!?Tちゃんなら選びたい放題じゃないの!」
「ん~、私、別に顔とかお金とかで男の人が必要なわけじゃないから~」
「それはわかるけど、もうちょっとあなたの重荷にならない人でもいいじゃないの」
「う~ん。でもね、私あることをしてくれる人じゃないと、ダメなの」
「あること?」
「うん。セックスのときに首絞めてくれる人じゃないとダメ」
「…………………」

佐々木希似の美人の口から「セックスのときに首絞められたい」と飛び出してきたときの衝撃ったら……容易に想像していただけると思います。
いつも笑顔を絶やさない癒し系美人ナースに、そんな一面があるとは、誰が思うでしょう。

でも、話を聞いていくと納得しました。
Tちゃんは、父親から殴られて育った女性だったのです。

Tちゃんは、ものっすごい美人でものっすごいカワイくて、穏やかで性格もいい!
しかもちゃんと努力して自立してお金を稼いで、医療職として社会にも貢献している!
そんな非の打ち所のない素晴らしい女性なのに、自分のことをすごく卑下するんです。「私なんてゴミみたいな人間だから……」「私なんて、生きてても意味無いと思う」と。

彼女はセックス中に首を絞めてもらえないと、エクスタシーを感じられないそうです。
どこかで罰してくれる人がいないと、許された気にならないそうなんです。
苦しみを与えられないと、快感(エクスタシー)を得てはいけないと思っているのでしょう。

そんな心理を植えつけたのは、間違いなく彼女の父親です。

彼女はセックスにおいては首を絞められることで、「理不尽に苦しめられる」父親との関係を再現して安心しているのです。
「安心している」というと奇妙に聞こえるかもしれませんが、人は幼少期の状況を繰り返すことでどこかホッとします。
自分を傷つけるような関係に、居心地のよさを感じるのです。

そういう場合に、あからさまに異常性を示してくれるのが実はセックスのときにみられる性癖なのです。
自分を傷つける(罰する)ためにセックスを利用することに関しては私は社畜にはなれない。にも書いた通りです。
「アダルトチルドレンはSM好きが多い」と記述している本すらあります。

普段の生活ではなかなかハッキリとは感じられない「どこかボタンが掛けちがっているような違和感」をあけすけに洗い出してくれるのが性癖なのです。
そこから「アレッ?私なんかおかしい。これ違う」と気づくことができて、自分をケアしていくことができたら、自分も人も傷つけるような関係から抜け出していくことができます。

マグロ女の裏側

woman18
Tちゃんの性癖は少々極端ではあったので「私には関係ないわ」と思われた方も多いかもしれません。
なので、もっと多いであろう「マグロ」という性癖について書いてみましょう。

マグロ女というのは「セックスのときにマグロのように横たわっているだけの女」ということです。
ただ寝て股を開いて、自分の上で男がなんやらかんやらやってるのをボケーと眺めて
「あー。早く終わってくんないかなー。ダルイ」
と思っているような女性のことを言います。

「セックスなんて汚いし気持ち悪いし、義務でやっているだけ」こう口にする人もいます。
「男なんてあんなもんに夢中になって、犬みたいに腰振ってマヌケ面して。バッカだよね」と斜に構える人もいます。
マグロであることで、体内感覚を麻痺させる(何も感じない)ことで、自分を守っているのです。

でも、こういう状態だとセックスは愛の営みにはならないし、性の喜びを得てもいいのだという成熟した大人なら真っ当な欲求ですら抑圧してしまうことになります。
こういった人も、実は幼少期に親(もしくは保護者)との関係がうまくいっていなかったことが伺えます。
性を極度に汚いものとして忌み嫌う母親や、ポルノ雑誌やビデオなどを無神経に子どもに見せるような父親など、何らかの形で周りの大人の間で性が健全に機能していなかった可能性があります。

愛のあるセックスは、コミュニケーションという側面も持っています。
テクニックがどうの、持続時間がどうのではなく、ただ肌と肌が触れ合うということが気持ちよいという原始的な安らぎを得る場でもあります。
マグロになってしまう女性は、そういうものも含めて、心や体の奥底で男性を拒絶しているのです。

児童ポルノ規制、その先に

littlegirl
今、盛んに児童ポルノの規制が叫ばれています。

最近でも(元)AKB48の河西智美さんの写真集の表紙が児童ポルノ児童買春・ポルノ禁止法に違反しているのではないかと騒動になり、当該写真集の発売が見送られた件がありました。

児童ポルノの規制は至極当然のことであり、異論を挟む余地はありません。
けれど、危惧することがあります。
「規制さえしてしまえばOKなのだ」という安易な思考がないのか、ということです。

そもそも、なぜ小児性愛に走るのか、言い換えると異常な性癖を持ってしまうのかという視点なしにポルノを規制したところで、意味が無いと思います。
だって、規制したってアングラにもぐっちゃうだけだよ。東南アジアに行って、金にあかせて幼児を買う日本人はいなくならないよ。

何事も「罰すればそれで罪を犯す人がいなくなる」という思考は安易です。
それなら、刑罰が法律で規定されている法治国家日本では、そもそも殺人も強盗も起こらないはずです。

児童虐待が世代間で連鎖されることは良く知られています。
しかし、性的虐待が連鎖されることは、あまり知られていない印象を受けます。

子供に性的ないたずら(虐待・暴行)をしてしまう男性は、自分自身も性的虐待の被害者だったというケースが多いのです。

私たちの文化風土においては、年上の女に性的愛玩物として利用されたり誘惑される未成年の男の子のほうが、搾取される子より運がいいとみなす傾向があります。
この考え方のせいで、誘惑する母親が無力な息子を、どんなに傷つけているかを認識し、判断することが困難になっています。

表面に現れた母と息子の近親姦の例は、さまざまな近親姦の例の中でも、最も荒廃したものだと専門家は認識しています。
私の友人が、どちらもシングルマザーで、七歳から十歳までの、それぞれの息子とアパートに同居している、二人の女性の話をしてくれました。
この二人の母親はよくパーティを開き、客と深酔いしてはふざけて息子たちを追いかけまわし、みんなの前で子供のパンツを脱がすゲームをするというのです。
友人は話の最後に、
「強姦者や殺人者がどこから生まれてくるかわかったような気がしたわ」
という感想を漏らしていました。

ロビン ノーウッド 愛しすぎる女たちからの手紙 P362~363

性的虐待を受けた女性の場合は、自分の子どもまでも性虐待の被害者になったり、子どもを性の対象にする男性をわざわざパートナーに選んでしまうケースがあります。自分自身は加害者にはならなくとも、子どもが被害に遭うという受動的な形で連鎖するのです。

被害者が加害者になる。そして加害者が被害者を増やし、被害者も加害者になる――
恐ろしい負の連鎖が、性虐待にもあるのです。
【参考】ファミリー・シークレット―傷ついた魂のための家族学
【参考】リンダの祈り 性虐待というトラウマからあなたを救うために

児童ポルノを規制するなら、「なぜ小児性愛に走ってしまうのか」というメカニズムや心理状態を知り、「ただの変態がやったことでノーマルな俺らは知らん」という無関心を払拭する必要があります。
そして、そういう性癖があることを自覚している人は、自分がなぜそんな罠にはまってしまうのかを解明し、不毛な性の暴力の連鎖を断ち切る勇気を持ってほしいのです。

「ただの変態だろ、キモチ悪い」と切って捨てることは簡単です。
でも、それじゃいつまでたっても性的虐待の被害者になる哀れな子どもはいなくならないでしょう。

表面的に性癖を断定せず、その深みに横たわるものを知ってください。
性をいやらしいこととからかったり、恥ずかしいことと目をそむけることをやめてください。
自分の性癖と向き合い、それが何を示しているのか知ることこそが、この世界から真に暴力を排除する第一歩となるのです。

決定版 感じない男 (ちくま文庫)
森岡 正博
筑摩書房
売り上げランキング: 284,832
2013年05月07日 | Posted in 人生:スピリチュアルブログ, 恋愛・結婚:スピリチュアルブログ | タグ: Comments Closed 

関連記事